改正の背景
一方で、欧米をはじめとする諸外国では、化学物質管理は事業者が自律的に管理することがスタンダードとなりつつあります。
職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書(2021年7月公表)の概要紹介
労働安全衛生法における化学物質管理の見直しを提案した「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 報告書」の概要を紹介します。
この報告書は、政府、労働組合関係者、経営者団体関係者、学会等の専門家による2年間(2019~2021年)にわたる検討の結果が取りまとめられたものです。
なお、本ページで紹介している図は「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 報告書」、「化学物質規制の見直しについて(職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書のポイント)」から引用しています。
自律管理型への転換の、背景と提言
この検討会が開催された背景として、
- 1日本の化学物質管理は「法令準拠型」すなわち限られた特定の物質や作業に対する規制を守ることで行われてきた
- 2一方、工場等で日常的に使われている物質は数万に上り、その用途もさまざまである
- 3労働災害の多くは規制されていない物質により発生しており、この中にはがんのような重い健康障害も含まれる
- 4規模の小さい事業場での災害発生が多い
- 5物質の危険性・有害性情報を伝達する制度の対象が限定的
などがありました。
このような状況から日本でも欧米のような「自律管理型」の化学物質管理への施策転換の必要性が言われるようになりました。
「自律管理型」とは基本的な枠組みと達成すべき指標だけを示し、具体的な管理手法は事業者が選択・決定するという事を意味します。
これを実現するために報告書では以下のことが提言されています。
- 1化学物質の危険性・有害性に関する情報伝達を強化する
- 2危険性・有害性情報に基づいたリスクアセスメントの実施と対策を基本とする
- 3化学物質の自律的な管理のための実施体制を確立する
- 4小規模事業場支援を幅広く行う
現在の化学物質規制の仕組み(特化則等による個別具体的規制を中心とする規制)
これが現在の化学物質規制のイメージです。
一番上の8物質は有害性が極めて高く、製造・使用等が禁止される物質。
その下の123物質はがんなどの重い健康障害を防止するために、作業環境測定、健康診断、局所排気装置の設置などが義務づけられる物質です。
この123物質も含んだ674物質には容器へのラベル表示・SDS/安全データシートの交付により危険性・有害性情報が伝達され、この情報に基づくリスクアセスメントの実施が義務づけられます。
一方、このような義務づけを回避するために、危険性・有害性の確認・評価を十分にせずに義務のかからない物質に代替し、対策不十分なまま使うようなこともあり、近年の調査では化学物質による労働災害の8割は、具体的な措置義務がかかっていない物質で起きています。
化学物質規制体系の見直し(自律的な管理を基軸とする規制への移行)
「自律的な管理」においては、危険性・有害性に関する情報が確実に伝達される必要があります。
そこで国が危険性・有害性分類(GHS分類)を行い、危険性・有害性が確認された全ての物質を対象として、譲渡・提供時に、ラベル表示やSDS交付によって危険性・有害性の情報を伝達することを義務づけ、伝達された情報に基づいてリスクアセスメントを実施し、労働者が吸入する濃度が国が定める管理基準を超えないようにすることが義務づけられます。
このような「自律的な管理」を5年後までに定着させることを目標としており、現行の特化則及び有機則等に含まれる対象物質も「自律的な管理」で管理できる環境が整ったら、これらの規則は廃止し、「自律的な管理」に一本化します。
見直し後の化学物質規制の仕組み(自律的な管理を基軸とする規制)
「自律的な管理」に必要な危険性・有害性情報の伝達強化に伴って、対象物質(※)が大幅に拡大します。
(※対象となる物質は、国によるGHSに基づく危険性・有害性の分類の結果、危険性・有害性の区分がある全ての物質です。
GHS分類済みの物質の一覧はNITEの「政府によるGHS分類結果」のページで確認できます)
そして、国が定めた管理基準を達成する手段は、例えば、
- 1有害性の低い物質への変更
- 2密閉化・換気装置設置等
- 3作業手順の改善等
- 4有効な呼吸用保護具の使用
などの中から、有害性情報に基づくリスクアセスメントの結果を踏まえて事業者が選ぶことができます。
上の図の赤点線枠部分(事業者に措置義務がかかる範囲)について説明します。
国のGHS分類により危険性・有害性が確認された全ての物質は、ラベル表示・SDS交付及びリスクアセスメントが義務づけられますが、ばく露濃度の管理基準が設定されるのは一部の物質だけなので、ばく露濃度を国が定める管理基準以下とする義務がかかる物質と、ばく露濃度をなるべく低くする措置を講じる義務がかかる物質に分かれます。
さらに、皮膚から吸収される物質や皮膚につくと薬傷などを引き起こす物質も管理の対象となります。
国によるGHS分類およびラベル表示等の義務化スケジュール
これまでに3,000以上の物質について国によるGHS分類結果が公表されています。下の図に示されているように、国によるGHS分類は毎年50~100物質のペースで今後も続き、分類の結果、危険有害性区分が付与されることが明らかになった物質は順次ラベル表示、SDS交付が義務化されます。
既に分類され、まだラベル表示、SDS交付及びリスクアセスメント実施が義務化されていない物質は、表の中段のスケジュールで順次義務化される予定です。
下図表で令和3年(2021年)に追加対象となっている250物質(実際には234物質)の一覧は令和6年(2024年)4月施行となり、物質リストを「1-3. リスクアセスメント対象物に該当するか確認」に掲載しています。
化学物質の自律的な管理のための実施体制の確立
上の図は「自律的な管理」を実行する体制と必要な教育について示しています。
化学物質を使う全ての事業場に化学物質管理者の選任が義務づけられ、その役割は以下のとおり、化学物質管理全般にわたります。
- 1危険性・有害性の確認
- 2リスクアセスメントの実施
- 3ばく露防止対策
- 4必要な記録保存
- 5労働者の教育
- 6労働災害対応
また、保護具着用管理責任者は、ばく露防止対策として保護具を使う化学物質取扱い事業場には選任義務があります。
化学物質管理の教育は、職長や一般作業者にも拡大されます。
また、小規模事業場からの相談に応じる専門家を確保育成し、中小企業向けの相談・支援体制の整備も順次具体化されていきます。
おわりに
以上が「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 報告書」の概要の紹介となります。
さらなる詳細については厚生労働省がプレスリリースしている報告書をぜひご覧ください。
また、化学物質情報管理研究センターでは、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書の概要紹介 ~ 化学物質への理解を高め自律的な管理を基本とする仕組みへ ~」の解説動画も公開していますのであわせてご覧ください。
(動画のスライド(PDF:26 MB)
参考資料
「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」の報告書を公表します(2021年7月19日 厚生労働省報道発表資料)
職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書
職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 第1回~第15回 資料・議事録等
第145回労働政策審議会安全衛生分科会(資料)(2022年1月31日開催)
- https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23568.html
- (※あり方検討会報告書を受けた政省令等改正の見通しについては、リンク先の『参考資料 化学物質規制の見直しについて(職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書のポイント)[PDF形式:2.4MB]』をご確認ください)
「「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令案」及び「労働安全衛生規則及び特定化学物質障害予防規則の一部を改正する省令案」に関する意見募集について」に対して寄せられた御意見等について(2022年2月24日結果公示)